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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)302号 判決

原告・反訴被告 長島俊二

被告・反訴原告 国

訴訟代理人 市川勇 外四名

主文

原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙目録記載の金五〇〇、〇〇〇円の損害賠償債務のうち金二三三、〇四四円をこえる金二六六、九五六円の損害賠償債務が存在しないことを確認する

原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二三三、〇四四円およびこれに対する昭和四四年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴および反訴を通じこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その一を被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は被告(反訴原告)勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、反訴

(被告)

(一) 原告(反訴被告、以下単に原告という)は、被告(反訴原告、以下単に被告という)に対し、金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(原告)

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二、本訴

(原告)

(一) 原告の被告に対する別紙目録記載の金五〇〇、〇四七円の債務が存在しないことを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二請求の原因(反訴)

一、事故

訴外上原一郎は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四二年九月一一日午後八時四五分ごろ

(二)  場所 大阪市城東区諏訪西四丁目二五番地先交差点

(三)  加害車 自動二輪車(一大阪か五五七七号)

右運転者 原告

(四)  被害車 三輪貨物自動車(大阪六み四六三号)

右運転者 上原一郎

(五)  態様 被害車が南から東に向つて右折進行中、加害車が北から南に向つて進行してきて衝突した。

二、責任原因

(一)  運行供用者責任

原告は、加害車を西村富男から借り受け、自己のためのため運行の用に供していた。

三、損害

上原一郎は、本件事故により、次の損害を蒙つた。

(一)  治療費 五三二、一七七円

上原一郎は、本件事故により、頭部外傷第三型、脳挫傷等の傷害を受け、一〇九日間の治療を受け、治療費として五三二、一七七円を要した。

(二)  文書料 一二、〇〇〇円

(三)  慰藉料 一〇九、〇〇〇円

四、損書の填補 五〇〇、〇〇〇円

上原一郎は、加害車について自賠責保険契約がなされていなかつたので、被告に対し、前記三(一)ないし(三)の合計六四二、三七七円の損害の填補を請求した。そこで被告は、上原一郎の過失を考慮して損害額を五一三、八七七円と認定し、昭和四四年三月八日、上原一郎の代理人同和火災海上保険株式会社に対し、五〇〇、〇〇〇円を支払つた。

五、よつて被告は、原告に対し、前記四の金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する損害填補の日の翌日である昭和四四年三月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三原告の答弁および主張

一、請求原因第二一、二の事実は認める。第二三の事実は不知。第二四の事実中加害車について自賠責任保険契約がなされていなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

二、上原一郎は、被害車を運転して青信号に従つて交差点に進入し、右折しようとするに際し、対向直進車である加害車の進行を妨げないように一時停止するべき注意義務を怠つた過失によつて本件事故を発生させたものであり、原告には本件事故発生について過失はなかつたから、原告は、加害車の運行供用者としての責任を負わない。

三、仮に原告にも過失があつたとしても、原告は、本件事故により、次の(一)ないし(三)の合計一二七、六八八円から(四)の一二、三五〇円を控除した一一五、三三八円の損害を蒙つたから、被告に対し、昭和四七年一二月一二日の本件口頭弁論期日において、原告の上原一郎に対する一一五、三三八円の不法行為による損害賠償請求権を自働債権とし、被告の原告に対する損害賠償請求権を受働債権として対等額で相殺する旨の意思表示をした。

(一)  人院雑費 六、九〇〇円

原告は、本件事故により、頭部打撲、顔、口唇、口腔挫滅創の傷害を受け、昭和四二年九月一一日から同年一〇月三日まで入院して治療を受けた。原告は、右入院中の雑費として六、九〇〇円を要した。

(二)  休業損害 二〇、七八八円

原告は、事故当時一ケ月二五、九八五円の給料の支給を受けていたが、本件事故による受傷のため、昭和四二年九月一一日から同年一〇月五日まで休業を余儀なくされ、二〇、七八八円の収入を失つた。

(三)  慰藉料 一〇〇、〇〇〇円

(四)  損害の填補 一二、三五〇円

原告は、本件事故による自賠保険金一二、三五〇円の支払を受けた。

第四原告の主張に対する被告の認否および主張

一、原告主張の第三二の事実は否認する。第三三の事実は不知。

二、本件事故は、原告が加害車を運転して交差点内を直進しようとするに際し、既に車体が右向きになつて右折進行中の被害車の進行を妨げないようにするべき注意義務を怠つた過失によつて生じたものである。

三、原告の相殺の意思表示は民法第五〇九条に牴触し、無効である。

第五請求の原因(本訴)

一、事故

請求原因第二一のとおりである。

二、被告の原告に対する請求

被告は、上原一郎に対し、自賠法第七二条第一項後段にもとづき、本件事故による損害の填補として五〇〇、〇〇〇円を支払つた旨主張し、原告に対し、同法第七六条第一項にもとづき上原一郎に代位して右五〇〇、〇〇〇円および同法第七九条にもとづき過怠金四七円合計五〇〇、〇四七円を請求している。

三、しかし原告は、本件事故については全く責任がないから、右請求に応ずべき義務はない。

四、よつて原告は、被告に対し、、別紙目録記載の債務の不存在確認を求める。

第六被告の答弁および主張

一、請求原因第五一、二の事実は認める。第五三の主張は争う。

二、被告が原告に対して五〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有することは請求原因第二一ないし四のとおりである。

第七被告の主張に対する原告の認否および主張

一、前記第三一ないし三のとおりである。

第八原告の主張に対する被告の認否および主張

一、前記第四一ないし三のとおりである。

第九証拠〈省略〉

理由

第一反訴請求について

一、事故

請求原因第二一の事実は当事者間に争いがない。

二、責任原因

請求原因第二一(一)の事実は当事者間に争いがない。

そこで原告の免責の抗弁について判断する。

〈証拠省略〉を綜合すると、本件事故現場は南北に通ずる道路と東西に通ずる道路とが交わる信号機による交通整理の行われている交差点内で、南北道路は歩道と車道との区分があり、車道の幅員は一七、〇五メートルで、中心線があり、その東側の幅は八、五メートルで三車線に区分されており、東端および西端にはそれぞれ幅四メートルの歩道が設けられており、交差点の北側および南側入口附近にそれぞれ幅三、八五メートルおよび三、八メートルの横断歩道があり、東西道路は歩道と車道との区分がなく、幅員は八メートルで中心線はなく、附近の最高速度は毎時五〇キロメートルと指定されていたこと、原告は、加害車を運転して時速三〇ないし三五キロメートルで北から南に向つて東端の車線を進行し、青信号に従つて交差点内を直進通過しようとして交差点北側入口附近の横断歩道上を通過したとき、約六、六五メートル前方の交差点内に南から東に向つて右折進行中の被害車に始めて気づき、ブレーキをかける間もなく、南北道路の車道の東端の線から約一、八五メートル西側の交差点内で加害車の前部を被害車の左側面に衝突させたこと、上原一郎は、被害車を運輸して南から東に向つて交差点を右折しようとし、右折の合図をしながら青信号に従つて交差点内に進入し、一時停止したとき北から南に向つて進行してくる加害車を認めたが、先に右折しうるものと判断して発進し、時速約一〇キロメートルで東に向つて右折進行中に加害車と被害車が衝突し、その衝撃によつて始めて事故発生に気づいて停止したことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、原告は、加害車を運転中、前方を注視して交差点内を右折しようとする車両の有無およびその動静に十分注意しながら進行するべき注意義務を怠つた過失により、右折中の被害車に約六、六五メートルの至近距離に接近するまで気づかなかつた結果本件事故を発生させたものと認められる。

従つて原告は、加害車の運行供用者として上原一郎に対し、本件事故による損害を賠償するべき義務がある。

三  損害

(一)  治療費 五三二、一七七円

〈証拠省略〉によれば、上原一郎は、事故当時四四才であつたが、本件事故により、頭部外傷第三型、脳挫傷、右第八肋骨々折、頸腕症候群の傷害を受け、昭和四二年九月一一日から同年一二月一三日まで青木外科に入院し、同月一四日から同月二八日までに四日同病院に通院して治療を受け、さしたる後遺症もなく治癒したこと、上原一郎は、右治療費として同病院に五三二、一七七円を要したことが認められる。

(二)  文書料 二、四〇〇円

〈証拠省略〉によれば、上原一郎は、青木外科に対し、診断書料として二、四〇〇円を要したことが認められる。

(三)慰藉料 五〇〇、〇〇〇円

前記三(一)の上原一郎の傷害の部位、程度、治療の経過および期間を合わせ考えると、上原一郎が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額は五〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

被告は、上原一郎の損害として文書料一、二〇〇〇円、慰藉料一〇九、〇〇〇円、と主張しており〈証拠省略〉によれば、被告は、上原一郎の総損害額を治療費五三二、一七七円、文書料一、二〇〇円、慰藉料一〇九、〇〇〇円合計六四二、三七七円と算定し、上原一郎の過失を約二割として右総損害額から一二八、五〇〇円を控除した五一三、八七七円を損害額と認定したことが認められるけれども、裁判上上原一郎が傷害を受けたことによる損害額の算定をするにあたつては、被告の右認定に拘束されるものではないことは勿論であり、また、被告の請求額をこえない限り、個々の被告主張の費目別の損害額にとらわれずにこれをこえる金額をも認定することができるものと解するのが相当である。何となれば、もしこのように解しないとすれば、ことに本件においては、慰藉料等の損害額の算定基準や過失相殺割合の認定方法には裁判上におけるものと自賠法運用の実務上とに相当大きな差異が存することが当裁判所に顕著な事実であるから、損害額の算定について自賠法運用の実務上の算定額を尊重して過失相殺割合についてのみ裁判上別個の認定をすることは、適正な損害額算定を妨げることとなり、また本件における如く、原告から,原告の傷害による損害賠償請求権を自働債権として相殺の抗弁が主張されているような場合には、原告の損害額のみ自賠法運用の実務と別の算定基準によつて認定することになつて当事者双方の公平を欠くのみならず、上原一郎から原告に対して本件事故による傷害にもとづく損害賠償請求がなされた場合には、上原一郎の損害額算定にあたつては被告が自賠法第七二条第一項にもとづいて上原一郎に支払つた金額は全額上原一郎の損害の填補として控除されることになるのであるから、本件における損害額の算定についてのみ自賠法運用上の実務を尊重して被告の主張する金額以上の損害額を認定しえないものとし、過失相殺割合については被告が認定した二割以上とするならば、原告は、結局上原一郎に対して本来支払うべき損害賠償債務の一部を被告の負担において免れる結果となる不合理をきたすからである。

(四)  過失相殺

前記二の事実によれば、本件事故発生については上原一郎にも被害車を運転して交差点内を右折しようとして一時停止した際、対向して直進してくる加害車の進行を妨げないよう、その通過を待つたうえ右折進行するべき注意義務を怠り、加害車より先に右折しうるものと即断して発進した過失があつたものと認められ、上原一郎の損害額算定についてしんしやくするべき原告と上原一郎との過失割合は三対七とするのが相当であると認められる。

従つて上原一郎が原告に対して賠償を請求しうべき損害額は前記三(一)ないし(三)の合計一、〇三四、五七七円の一〇分の三の三一〇、三七三円(円未満切捨)となる。

四、損害の填補

加害車について自賠責保険契約がなされていなかつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、被告は、昭和四四年三月八日、上原一郎の代理人同和火災海上保険株式会社に対し、本件事故によつて生じた上原一郎の損害の填補として五〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

従つて原告は、自賠法第七六条第一項にもとづき右損害填補額の限度において上原一郎の原告に対する損害賠償請求権を代位取得したことが明らかである。

五、相殺

(一)  事故

請求原因第二一の事実は当事者間に争いがない。

(二)  責任原因

本件事故発生について上原一郎に過失があつたことは前記二、三(四)のとおりであるから、上原一郎は、不法行為者として原告に対し、本件事故による損害を賠償するべき義務がある。

(三)  損害

(1)  入院雑費 六、九〇〇円

〈証拠省略〉を綜合すると、原告は、本件事故により、頭部打撲、顔面、口唇、口腔挫滅創の傷害を受け、昭和四二年九月一一日から同年一〇月三日まで青木外科に入院して治療を受け、後遺症もなく治癒したことが認められ、原告は、右入院中一日三〇〇円の割合による二三日分合計六、九〇〇円の雑費を要したことは経験則上これを認めることができる。

(2)  休業損害 二一、二一三円

〈証拠省路〉を綜合すると、原告は、事故当時一九才で、田中毛糸紡績合資会社に勤務し、昭和四二年六月から同年八月までの三ヶ月間に八三、〇〇九円の給与の支給を受けていたが、本件事故による受傷のため、同年九月一二日から同年一〇月四日まで二三日間休業を余儀なくされ、その間給与の支給を受けられなかつたことが認められるから、原告の休業損害は別紙計算書(1) 記載のとおり二一、二一三円(円未満切捨)となる。

(3)  慰藉料 一〇〇、〇〇〇円

前記五(三)(1) の原告の傷害の部位、程度、治療の経過および期間を合わせ考えると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額は一〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

(4)  過失相殺および損害の填補

本件事故による損害額算定についてしんしやくするべき原告と上原一郎との過失割合は三対七とするべきことは前記三(四)のとおりであり、原告は、本件事故による自賠保険金一二、三五〇円の支払を受けたことは原告の自認するところである。

従つて原告が上原一郎に対して賠償を請求しうべき損害額は前記五(三)(1) ないし(3) の合計一二八、一一三円の一〇分の七の八九、六七九円(円未満切捨)から自賠保険金一二、三五〇円を控除した七七、三二九円となる。

(四)  相殺

原告訴訟代理人は、昭和四七年一二月二一日の本件口頭弁論期日において、被告訴訟代理人に対し、原告の上原一郎に対する不法行為による損害賠償請求権を自働債権とし、被告の原告に対する損害賠償請求権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。

被告は、右相殺の意思表示は民法第五〇九条に牴触し、無効である旨主張するけれども、同一の交通事故によつて事故当事者双方が相互に相手方に対して不法行為責任を負う場合には、互に相手方に対する損害賠償請求権を自働債権とし、相手方の自己に対する損害賠償請求権を受働債権として相殺することが許されるものと解すべきであるから、被告の右主張は理由がない。

六、従つて被告は、原告に対し、前記四(四)の金三一〇、三七三円から前記五(三)(4) の金七七、三二九円を控除した金二三三、〇四四円およびこれに対する損害填補の日の翌日である昭和四四年三月九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、被告のその余の請求は理由がない。

第二本訴請求について

一  損害賠償債務の不存在確認請求

原告は、加害車の運行供用者として、被告に対し、二三三、〇四四円の損害賠償債務を負担するべきものであるが、その余の損害賠償債務の存在が認められないことは前記第一で認定したとおりであるから、原告の被告に対する五〇〇、〇〇〇円の損害賠償債務不存在確認請求のうち二三三、〇四四円をこえる二六六、九五六円の損害賠償債務不存在確認請求は理由があるが、その余の請求は失当である。

二  過怠金債務の不存在確認請求

弁論の全趣旨によれば、被告が自賠法第七九条にもとづき原告に対し過怠金四七円を賦課したことが認められるが、右賦課処分が無効であることを認めるに足りる証拠はないから、原告の右過怠金債務の不存在確認請求は理由がない。

第三結論

よつて原告の本訴請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、被告の反訴請求は主文第三項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

目録

一、昭和四二年九月一一日午後八時四五分ころ、大阪市城東区諏訪西四丁目二五番地先交差点において、原告と上原一郎との間で発生した交通事故につき、被告が上原一郎に対して損害の填補として昭和四四年三月八日支払つた金五〇〇、〇〇〇円について原告の被告に対する加害車の運行供用者責任にもとづく右同額の損害賠償債務および金四七円の過怠金債務。

計算書

(1)  原告の休業損害

83009×(23/90)= 21213

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